勉強するための準備

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本日は勉強するためには準備が必要であるということについて語ってみようかと思う。
これはかつて、私が小学生のころに母に聞いたことであるが、兄は小学校に入学する前から母に勉強しろとよく言われていたそうである。私が物心つくころにはそんな素振りは全くなかったためちょっと想像ができなかった。
どうして私にはそうしなかったのかを聞いたところ、のびのびと育てたかったなどと言っていた。言外にメンドクサクナッタという雰囲気がにじみ出ていた気がした。
そんなわけで私が物心つくころには両親は勉強について強要することはほとんどなくなっていた。せいぜい「勉強しなくていいのー?」と問いかけてくるくらいであった。問いかけに対して勉強をするもしないも私の判断であり、それ以上何かを言ってくるということはなかったのである。
では、私の勉強するしないの判断基準は何だったのであろうか。それは至極簡単なことだったのである。


勉強に集中できそうかどうか?
これこそが勉強をするかしないかの判断基準であった。見たいテレビ番組があるとかやりたいゲームがあるとかの場合は、この番組だけは見る、1時間だけゲームをするなどと決めてとにかく小さな満足感を得た後で勉強に取り掛かるようにしていた。
そういったわけで勉強の優先度は低かったと言えるが、一度勉強を始めると完全に没頭していたように思えるのである。今にして思えば、やりたいことはとりあえずやったということで集中しやすい環境を作っていたということだろう。
ここまで書いて思い出したが、1度だけ強硬に勉強しろと言われて勉強したことがあった。なぜその時だけそこまで強硬に言われたのかは謎のままだし、親に聞いたところで覚えているわけはないので聞いたりはしない。仮に覚えていたとしても勉強を口実にしたくらいであるので私には言いたくない事情であろう。
しかし、その日は全く勉強がはかどらなかったことだけは覚えている。激しく言い合いをした手前、すぐに勉強をやめることもできず、ただ机の前に座って無為に2時間ほど過ごしただけであった。
見ていたテレビ番組は、あと5分で終わるところだったのである。言われるまでもなくその番組を見終わったら勉強しようかなとも思っていたのである。だが、テレビを見るのを中断され5分早く勉強に取り掛かってしまったためその日の勉強は全く無意味なものになってしまったのである。
とにかく勉強は集中することが大事であり、集中するには環境が必要なのである。強要されて勉強などしていては集中などできるわけないのである。
子供に勉強させたいと思うのであれば、子供の精神状態も含めて、まず集中できる環境を作ることを考えるべきなのである。

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